人間の直立二足歩行は、ヒール・ストライクからフル・フラット、そして踏み替えしからトー・オフへと、重心がスムーズに前に移動するのが特徴です。 「立つ」では足底に落ちる重心が、「歩く」では荷重足の後方から、足底を通り、更に前方に移動します。「走る」では、前足部接地でより前方に移動していって、最後には重心は常に荷重足の前方に落ちる事になります。体重は地面からの反力の垂直ベクトル成分で支えられています。「立つ」では地面からの反力の水平ベクトル成分はありません。「歩く」では、踵着地時の地面からの反力の後ろ向きのベクトル成分は、重心の前進速度を低下させますが、その分位置を高めるので、最高点を越してからは前向きの水平ベクトル成分に変換され、重心の前進速度は元に戻ります。「走る」では、地面からの反力を利用するだけでなく、膝を曲げて接地し、重心が足より前方に出た時点で膝を伸ばして、積極的に斜め前上方への力を生みます。
その前向き水平ベクトル成分は前進速度を速め、垂直ベクトル成分は膝の屈曲で生じた重心位置の低下を補った上に、両足を接地していない時間を増やし、より速い移動を可能とします。更に、常に前傾姿勢で重心より後に接地するようになると、着地時から屈曲した膝を伸展して着地時は常に斜め前上方向の力を産み出し、地面を蹴る力の垂直ベクトルだけで体重を支え前方へのベクトルで加速し続ける、疾走へと発展していきます。
では歩くと走るの違いは何でしょうか?競歩のルールには「常にどちらかの足が地面に接している」「前脚は接地の瞬間から地面と垂直になるまで膝を曲げない」の二つがあります。逆に言えば、走るとは「両足が同時に地面から離れ、荷重脚が垂直になる前から膝を曲げて伸ばし始める」という事になります。また、走ると言っても、軽いジョッキング、ランニングからオリンピックの短距離走、マラソンとピンからキリまであります。小走りから全力疾走まで走ると言っても色々ですが、これを直立二足移動の一つとして考えてみよう。
まず、両足とも地面に接していなければ、空中を飛んでいることになり、いわゆる自由落下の状態になります。この間は、水平方向には力、加速度が働かず、垂直方向には重力、重力加速度が掛かります。歩行では重力に抗して重心の位置を上げるのは、前脚への床反力の上向きベクトル成分ですが、走行では曲げた膝を伸ばす筋力の上向きベクトルが加わります。この時、前脚が垂線より前傾していなければ後ろ向きベクトルが生じて速度が低下してしまうので、前傾するまでは伸展しません。また、離床まで増加し続ける前傾角度が強ければ強いほど、膝を伸ばす力による前向きベクトル成分の割合が増加し、上向きベクトルは減少します。歩行は、前傾姿勢の程度と歩幅(振り出し速度)だけでほぼ制御できましたが、走行になると膝を曲げて伸ばす筋力を何時、何処で、どの程度働かすかが重要になり、遙かに複雑な制御が必要になり、心身共の発育成長と学習、習熟が重要です。
子供が走り始めるのは意外と早く、歩き始めると同じ時期から始まりますが、これは前傾姿勢のコントロールや十分な振り出し速度が得られないために転びそうになり、小走りになっているだけです。前述したような、意識的でコントロールされた合目的な走行とは異なるもので、安定しコントロールされた歩行が完成する3才以降に始まります。意識的に走り始めたら、歩行に必要な靴の要素に加えて、強い筋力を効率よく十分に大地に伝えられるように、踏み返しと靴底の摩擦力が重要になってきます。この頃には、個人差も大きくなり、筋力とそれをコントロールする神経の発育の程度により、踏み返しのための靴底前方部の曲がりやすさとグリップ力を個々に選ぶ必要があります。