人間とは常時直立2足歩行をする動物です。人間の化石には類人猿と違った多くの特徴があります。最も顕著なのが、常時直立2足歩行の影響による足の骨の変化です。中でも、脛骨(*1)の前方骨皮質の厚みの増大、踵骨(*2)体部の延長、足の骨性アーチの形成が、3つの大きな相違です。
では、直立2足歩行は人間に何をもたらしたのでしょうか。
まず、2足歩行は前脚を解放し、手となり、道具を使い、火を利用する様になりました。次に、直立は、首で重い頭を支え、脳の発達を可能とし、人間の進歩に役立ちました。最後は、喉仏が下がって口からの距離が伸び、ピッコロがフルートになったように声の音域を広げ、複雑な声が言葉の発達に結びついて、文字が発明され、文明が築かれました。
では、人間はどうして2本足で歩けるのでしょうか。
*1 脛骨(けいこつ)…すねの内側の骨のこと
*2 踵骨(しょうこつ)…かかとの骨のこと
椅子は、4本脚なら倒れませんが、2本脚だと直ぐ倒れます。だから人間の足には、2本脚でも立ったり歩いたり出来る秘密が隠されています。人間の足をよく見ると、前足部は動物の前脚、後足部は後脚、これを繋ぐ縦アーチは背骨に相当し、左右の足を合わせて考えると4足動物に匹敵します。
人間はこのような2本足で、どの様に歩いているのでしょうか。
踵(かかと)が接地すると、地面からの反力が加わり、その後ろ向きベクトルが重心を減速して、速度を低下させるので、運動エネルギーは減少します。しかし、上向きのベクトルは重心を重力に逆らって持ち上げ、位置のエネルギーを増加します。エネルギーは不変の法則により保存されますから、この運動と位置のエネルギーの総和は変わりません。重心が足の直上を通過した後は、反力のベクトルの方向は逆転し、進行方向に加速され速度は増し、重心は重力で下がりますが、減速時と同様に運動と位置のエネルギーの総和は変わりません。即ち、運動エネルギーは位置のエネルギー、位置のエネルギーは運動エネルギーと刻々変化しますが、総和としては保たれます。従って、人間の2本足歩行は、永遠に歩き続けられる素晴らしい機能を持っています。
歩き方による足の機能の違いを見てみましょう。
歩行では、踵が接地し(heel strike)、次に前足部も接地して足全体が接地(full flat)します。続いて踵が離床(heel off)し、趾の付け根の関節(MTP関節)が背屈して、踏み返しに入り、最後には母趾が離床します。この時、人間の足の特徴が大活躍します。踵が離れると、アキレス腱が体全体を持ち上げますが、足関節の回転中心からアキレス腱の付着部まで、即ち梃子の柄が長いからこそ、1本足で体重を支えられるのです。また、足は大地に密着するために柔軟ですが、踵が上がると足は全体重を支える強固な梃子の柄に急変します。これに役立つのが足のアーチです。このアーチは弓として働き、弦に当たる足底腱膜や足内外の屈筋群により引き絞られて、柔軟な足を強固な剛体に変えます。
ところで、歩行と走行はどう違うのでしょうか。
一番の違いは、両足とも地面から離れることです。競歩では、両足同時に地面から離れると失格になります。これから分かる通り、エネルギー消費はともかく、同時に両足が地面から離れる走行の方が、速度には有利なのです。走行では、前足部だけで接地し、重心の前方移動に合わせて足を前に出すと言うよりは、積極的に足を前に出し、踏み返しの角度も増加し、足で地面を蹴って推進力を得ます。その為に臀部から下肢の筋力を総動員し、膝や股関節の屈伸を使い、脚の有効長を変化させながら、大地を蹴って推進力を得ています。
この様に、僅かに体を前傾させ、体重を移動させて、エネルギーを有効に使う歩行と、大地を蹴って空を跳ぶ走行では2足による移動でも、全く足の使い方は変わります。立ち仕事、ゆっくりした散歩、目的地を目指す歩行、運動のためのウォーキングでは、同じ歩行と言っても足の使い方は異なるので、足と地面を介在する靴はそれぞれの目的に合わせて履き分けることが必要です。勿論、ジョギング・シューズ、ランニング・シューズを始めとした、種々のスポーツ・シューズ、競技シューズでは、成績を上げるばかりでなく、スポーツ傷害・障害を防止するためにも、靴の選択が大切です。