「膝が痛いのは外反母趾のためでしょうか?」とは良く聞く質問です。答えはYesでもありNoでもありますが、実際に外反母趾が痛くなってから、膝が痛くなった患者は少なくありません。外反母趾が直接、膝の痛みの原因にならないという意味からはNoですが、外反母趾のための起こる事が間接的に膝の痛みを起こす膝の病気の原因になったり、痛みを増悪させたりするという意味ではYesです。外反母趾は母趾が外反する病気ですが、そればかりで無く、足に痛みが出て、母趾の荷重能力が減少します。この二つを介して膝ばかりで無く股関節や腰、肩、首、極端に言えば頭にまで痛みを起こします。こうして外反母趾は体全体に影響を及ぼすと言えます。外反母趾の痛みは母趾の付け根の内側の瘤(バニオン)と中足骨骨頭下の胼胝に起こります。バニオンの痛みは靴に当たったり擦れたりして強くなり、足底胼胝の痛みは踏み返しでひどくなります。いずれにしても足に体重を掛け前に踏み出そうとすると痛みを感じるので長く荷重することができません。
人間が2本足でスムーズに歩くためには左右の対称性が重要です。運動速度が変化する時には力が働きエネルギーが消費されますが、人間は高さのエネルギーを速度のエネルギーと交互に交換して、速度や重心の高さが変わってもエネルギーを消費しない素晴らしい機能を持っています。しかし残念な事に、左右が対称で無ければ、その差だけエネルギーが消費されてしまいます。一歩一歩ずつ止まって歩けば高さと速度のエネルギーの交換は行われませんが、ざっと計算して、その仕事は一日で体を垂直に300㍍持ち上げるエネルギーに匹敵します。また、靴の中に小石が入っていれば誰でも直ぐに取り出しますが、一日中我慢して歩けば痛いだけでなく疲れ果てる事も確実です。 足が痛ければ、足を着く時間を短くするので、反対側の足に余計体重を掛ける事になります。痛くない長く体重を掛ける足は、より速い速度で踵を着床するので、より強い衝撃を受ける事になり、痛み疲れる事になります。当然、踵だけで無く衝撃は膝や股関節に伝わるので,それぞれの関節にも影響を与えます。この様に外反母趾の痛みと荷重性の減少は、荷重時間の延長、衝撃の増加を通して対側の足ばかりで無く、膝、股関節にも悪影響を及ぼします。 2本足歩行では、荷重足が交代する度に、脊柱の左右への側屈により体を傾けて、重心の位置を補正し、バランスを取っています。これにも、振り子運動のような重心移動の左右対称性とスムーズな連続性が重要です。片側の荷重時間が延びれば,その分補正する傾きは大きく時間は延び手、負担は増加します。一歩一歩立ち止まったり、左右の荷重期間が異なる歩行を体験してみれば、下肢だけでなく腰や首の筋肉が疲れて凝ったり痛くなったりするのが経験できます。もし、外反母趾で肩凝りが起こるとすれば外反母趾が頭痛を起こすという理論もあながち嘘とは言えません。
この様に外反母趾の痛みに対する逃避反応と母趾の荷重能力減少は、外反母趾側の歩幅の減少、荷重時間の短縮からエネルギー消費を増大させて体全体の疲労を招くだけでなく、対側の足、膝、股関節から、体幹の腰椎、頸椎までに衝撃と負担の増大をもたらし、疲労肩凝りから疼痛まで諸症状を呈します。 その上、足腰が痛く体が疲れやすいとなれば、勢い体を動かす事が億劫になります。それなので、ジョッキングやハイキングやテニス、ゴルフを楽しんでいた人が止めたり、スポーツどころか散歩や買い物までサボりがちになり、メタボやロコモと言われる状態に陥りかねません。履く靴が無いと楽しみにしていた映画や音楽からも足が遠のき、デパートへの買い物や友達とのおしゃべりの機会も少なくなれば、引きこもり状態で体どころか心にも影響を与えかねません。 しかし、外反母趾が心身に影響を与えるかと言う問いに対する正しい答えはNoです。当たり前の話ですが、外反母趾の人でも靴を履いて痛くなく歩ければ前述した心身に対する悪影響は霧散するのです。まずは靴に気をつけて外反母趾を予防するのが一番ですが、なってしまったら悪影響を他に及ぼさないような靴を選びましょう。確かに、外反母趾になると痛くない靴を探すのは至難の業ですが、靴選びと靴の調節で多くの外反母趾の人が痛くない靴を見つける事ができるようになりました。外反母趾のために膝が痛くなったと諦める前に場面にあった靴を履き分ける事で外反母趾の悪影響を他に及ぼさないように頑張りましょう。